秋田地方裁判所 平成6年(ワ)104号 判決 1997年12月19日
主文
一 被告らは、連帯して、原告らに対して各金五万五〇〇〇円ずつ及び右各金員に対する平成七年三月二四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告らは、原告らに対し、各自金五五万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告学校法人杉沢学園(以下「被告杉沢学園」という。)が設置する秋田修英高等学校の在学生であった原告らが、被告らに対し、教員免許資格を有しない訴外戊野桜子に原告らに対する授業を実施させたとして、不法行為に基づき、原告一人当たり五五万円(人格権侵害に基づく損害として原告一人当たり金五〇万円、弁護士費用として金五万円)の損害の賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実
1 当事者
(一) 原告ら(但し、原告乙川七郎を除く。)は、秋田修英高等学校の平成四年度卒業生であり、原告乙川七郎は、平成五年度卒業生である。
(二) 被告杉沢学園は、秋田修英高校を設置する学校法人であり、訴外戊野菊子は、同学校法人の理事長に平成二年八月二八日から平成五年八月二日まで就任していた者であるが、後記無免許による授業を実施した問題の責任をとって理事長を退任した。
(三) 被告片桐昭吾(以下「被告片桐」という。)は、平成三年八月一日から被告杉沢学園の理事に就任しているが、後記無免許による授業実施の期間中は前記高校の副高校、校長を歴任した。
(四) 被告狩野国昭(以下「被告狩野」という。)は、昭和五九年四月一日から平成三年三月三一日まで修英高校の事務長を歴任しているが、平成三年八月一日、被告杉沢学園の理事に就任していた。
2 無免許による授業
(一) 訴外戊野桜子は、訴外戊野菊子の長女であるが、平成二年五月二二日、被告杉沢学園に英語の指導助手として採用され、次項(二)の勤務状況のとおり、同年九月ころから平成五年三月ころまで、教育職員免許法第三条に定める免許を有しないにも関わらず、秋田修英高校において、当時在学中の原告らに英語、数学の授業を毎週行った。なお、同女は、平成五年六月三〇日、高等学校助教諭臨時免許状(教科商業、平五高臨第一二号)を取得している。
(二) 訴外戊野桜子の被告杉沢学園における勤務状況
訴外戊野桜子は、平成二年五月二二日、被告杉沢学園に英語指導助手として採用され、平成三年三月三一日まで、週当たり九時間、英語教科の実習助手として授業を行った。
また、同人は、平成三年四月一日、同被告に講師として採用され、平成四年三月三一日まで、英語担当教員として週当たり一一時間の授業を行うとともに、平成三年九月末まで数学担当教員としても週当たり九時間の授業を行った。
さらに、同人は、平成四年四月一日、同被告に実習助手として採用され、平成五年一月末まで、英語担当教員として、週当たり二時間、数学担当教員として週当たり一三時間それぞれ授業を行った。
そして同人は、平成五年四月一日、同被告に実習助手として継続採用され、商業(ワープロ)教科の実習助手として週当たり一四時間授業を行った。
(三) 右の件で、訴外戊野桜子は、秋田地方検察庁に平成五年八月五日付けにて告発され、教育職員免許法二二条、三条違反により、略式起訴の上、大曲簡易裁判所により罰金五万円に処せられた。
3 原告らが無免許による授業を受けていた時期
(一) 原告乙野秋夫、同甲川三郎、同丙田五郎、同丁野花子及び甲山六郎について
右原告らは、平成二年八月二七日から同年一〇月四日まで、数学[1]の授業を二三時間受講した。また、平成三年一一月二五日からしばらく週四時間英語[2]の授業を受講した。
(二) 原告甲野太郎、同乙山松夫、同丙川竹夫、同丁原梅夫、同戊田春夫、同甲田夏夫、同丙山冬夫、同丁川一郎、同戊原二郎、同乙原四郎及び同戊山春子について
右原告らは、平成二年八月二七日から同年一〇月四日まで数学[1]の授業を二四時間受講した。
(三) 原告乙川七郎について
右原告は、平成四年四月七日から同年九月二五日まで、数学[2]の授業を四〇時間受講した。
三 争点
1 訴外戊野桜子が無免許で授業を行ったことが、不法行為に該当するか。
2 被告片桐昭吾及び同狩野国昭の本件への関与の有無
3 本件無免許による授業により原告らに損害が発生したか否か。
四 争点に関する各当事者の主張
1 原告ら
(一) 違法性(人格権侵害)
(1) 被告杉沢学園は、訴外戊野桜子をして、教育職員免許法に定める免許状を有しないにもかかわらず、被告杉沢学園の当時の理事長であった訴外戊野菊子の長女であるということのみで、原告らに対し、その在学中、のべ三年間、無免許による授業を実施した。
(2) 被告秋田県を除く前記被告らの所為は、教職員の資質の保持と向上を図りもって、原告ら当時の生徒の教育を受ける権利を実効あらしめようとする教育職員免許法の趣旨を完全かつ長期間にわたって無視して原告らに授業を実施し、原告らをして不安と動揺を与え、資格ある教員による教育を受ける権利すなわち人格権を違法に侵害した。
(二) 被告片桐昭吾らの本件への関与の有無
前記違法な授業の実施は、当時の理事長である訴外戊野菊子、当時の副校長その後の校長である被告片桐昭吾、当時の事務局長である被告狩野国昭らが、十分その違法性を認識し又は認識し得た。被告片桐及び同狩野は、無免許教員の存在を知ったら直ちに免許取得までその教職活動を停止させたり、教育委員会に速やかかつ適当な監督を仰ぐ等の義務があるのにこれを怠った。
(三) 損害
本件無資格授業により原告らは損害を被ったものであり、右損害額は、原告一人当たり金五〇万円の慰謝料、本訴遂行上の弁護士費用の損害としては、右一割相当の五万円が相当である。
2 被告ら
(一) 違法性
訴外戊野桜子が教育職員免許法三条の免許を有しておらずこれによって罰金を受けたとしても、右法律は行政法規又は取締法規というべきであるが、それらに違反したからといって生徒や父兄との関係で私法上の効力が否定されるものではなく、また直ちに不法行為が成立するというものではない。
(二) 被告片桐昭吾らの本件への関与の有無
訴外戊野桜子の任命権者は訴外戊野菊子及び亡油谷公であり、被告片桐、同狩野には教職員の採用権限はなかったから、同人らは訴外戊野桜子の採用には一切関わっていない。
(三) 損害
原告らはいずれも必要な単位を取得し、卒業し、それぞれ立派に就職、進学しており、原告らは、訴外戊野桜子の無免許による授業により、何ら損害を被っていない。しかも、訴外戊野桜子の無免許による授業によって、原告らのいかなる権利、利益が具体的に侵害され、どのような損害が発生したのか明らかでなく、原告らがいずれも必要単位を取得して卒業し、立派に進学就職していることからすれば、本件による損害はない。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
訴外戊野桜子の無免許による授業により、原告らは、適法な資格を有する教師から授業を受けるべき利益を侵害されたというべきである。
被告らは、教育職員免許法は行政法規又は取締法規というべきであり、被告杉沢学園が無免許による授業を行ったからといって、生徒や父兄との関係で直ちに不法行為が成立するものではないと主張する。
確かに、教育職員免許法は、学校教育に当たる教員について一定の資格を求めることにより、一定水準の教育の確保を図ろうとしたものであるが、そのこと故に直ちに生徒に免許を有する教師による授業を受ける利益は反射的利益に過ぎないと解するのは相当ではなく、我が国において学校教育は重要であり、免許を有する教師による授業が行われるのは当然であるという認識が一般的であることや、原告らは被告杉沢学園に授業料を支払って授業を受けていることからすれば、原告らが適法な資格を有する教師から授業を受けることは、単なる反射的利益にとどまるものではなく、保護されるべき法的利益となっているというべきである。
二 争点2について
1 前記認定事実によれば、被告片桐昭吾は、平成三年八月一日から被告杉沢学園の理事に就任しているが、前記無免許による講義期間中は秋田修英高校の副校長、校長を歴任している者であったことが認められ、加えて、訴外戊野桜子の検察官に対する供述調書によれば、同女は、授業をするには免許が必要であることを知っていたので、平成二年度に採用される際及びその後も何度か同女が授業をしても大丈夫かどうかを被告片桐昭吾に聴いたところ、他の学校でもやっているから大丈夫である旨の返事を得ていたことが認められる。
2 被告狩野については、昭和五九年四月一日から平成三年三月三一日まで修英高校の事務長を歴任し、平成三年八月一日、被告杉沢学園の理事に就任したこと(争いない事実)、被告狩野の理事就任後の被告杉沢学園における平成四年四月の理事会において、教職員免許を持たない当時の理事長訴外戊野菊子の長女が教壇に立っていた問題が取り上げられ、当時の理事長の訴外戊野菊子及び校長の被告片桐昭吾がこの問題に関する答弁をしていたこと、原告丙川竹夫の当時の親権者丙川一夫が、平成二年一二月ころ、訴外戊野桜子が無免許による授業を行っているのではないかと被告狩野に問いただしたところ、「今資格に向けて勉強中」との回答をしていたことがそれぞれ認められ、以上によれば、同人は当時事務長又は理事たる立場において訴外戊野桜子の無免許による授業が行われていたことを知り又は知り得べき立場にあったことが認められ、無免許による授業を是正監督すべき立場にあったと言え、これを怠った点に過失が認められる。
3 以上により、被告片桐昭吾の故意及び被告狩野国昭の過失が認められ、同人らが本件無免許による授業に関与していた事実が認められる。
三 争点3について
前記認定事実によれば、原告らに適法な教師から教育を受けるべき利益が侵害された結果、非財産的損害が発生していることが認められる。
そこで損害額について検討するに、前記無免許による授業が行われた時間数は前記認定のとおりであるところ、乙川七郎を除く原告らの受講すべき数学[1]の時間は一六一時間若しくは一七一時間であり、原告乙川七郎の受講すべき数学[2]の時間は、一三〇時間であり、原告らが受講した時間は受講すべき時間数よりもかなり少ないものであったことや、原告らがその後いずれも必要な単位を取得し、卒業、就職、進学している事実等を考え併せると、その額は原告一人当たり五万円が相当であると認められ、また、本件における弁護士費用は原告一人当たり五〇〇〇円とするのが相当である。
なお、被告らは、原告らが必要とされる単位を取得し、卒業して進学、就職していることから損害が発生していないと主張するが、免許を有しない教師による授業を受けたという事実が、当時高校生であった原告らに精神的苦痛を与えたことは否めず、また、被告らが本件無免許による授業を受けた原告らの単位取得、卒業、進学について格別の配慮をしたという事実も窺えないから、結局、右の損害はなお発生しているものと言わざるを得ない。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 手島 徹 裁判官 田辺浩典 裁判官 山下英久)